H 体 験 ? 談 掲 示 板


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あなたのやさしさを、僕は何にD

  • by Tommy at 4月26日(土)22時25分
  • Number:0426221403 Length:1637 bytes

僕はドアに鍵をかけ、そのままもたれかかるように玄関に座り込み、込み上げてくる吐き気と、どうしようもない疲労感をどうにかやり過ごしました。しばらくそうしていて、なんとか立ち上がれるようになった僕は、急にものすごい後悔に襲われました。どうして、僕はあの手をしっかり握り返さなかったのだろう。きっともう、ナオキさんに会うことは、ない。

居ても立ってもいられなくなって、僕はドアの鍵を開け、靴のかかとを踏みつけたまま、夜の路地をナオキさんが向かうであろう駅の方へ駆け出していました。
さっき僕を襲った疲労感と吐き気はまだ残っていて、目の前がチカチカしたけど、僕は必死で人気のない線路沿いの道を走って、さっき見送った背中をようやく見つけました。バタバタという足音に振り返ったナオキさんが驚いた顔で、どうしたのと声をかけてきました。返事をしようとしたけれど、息が苦しくて喉には血の味がして、それどころじゃありませんでした。ちょっと待ってて、とナオキさんは自動販売機に小走りで行って、ペットボトルの水を買って戻ってきました。手渡されたのはいつも僕が飲んでいるブランドの水でした。震える手で水を飲む僕を心配そうに見つめるナオキさん。
ようやく喋れるようになった僕は、でも、なんて言ったらいいのかわからなくて、ただ黙って右手を差し出しました。ナオキさんは最初に会ったときみたいに、ほっとしたように微笑んで、僕の手を握り返してくれました。

僕は今度は強く、強く、ナオキさんの手を握り返しました。



僕が就職のために、ナオキさんと一緒の時間を過ごしたアパートを出て東京に行ってから少しした頃、一度だけナオキさんから連絡があって、奥さんと離婚したと知らされました。「トモヤには、この結末をきちんと伝えなきゃと思って」と書かれていました。僕は「伝えてくれてありがとう。それを聞いて少し残念です。」と返して、それからナオキさんと連絡を取ることは2度とありませんでした。


あなたのやさしさを、僕は何にC

  • by Tommy at 4月26日(土)22時14分
  • Number:0426221403 Length:2294 bytes

でもある晩、いつものように僕の部屋を訪れたナオキさんは、いつもと違って少し元気そうで、僕はなんの気なく「どうしたの、研究がうまくいった?」と聞いてみました。ナオキさんは一瞬はっとした表情を浮かべて、僕は嫌な予感を覚えました。そのまま何もなかったように、そうだよ、うまくいったんだ、とごまかしてくれればよかったのに、ナオキさんはまじめな顔で僕のほうに向き直ってこんなことを言いました。

「妻が、ずっと精神病院に入院してたんだけど」
耳を塞いでもう言わないでと叫びたかったけど、心とは裏腹に僕はナオキさんに「へー、それで?」と先を促します。

「最近ずいぶん状態が良くなってさ、退院してこれそうなんだ」
そう話すナオキさんの声色には嬉しさがにじんでいて、僕はそれを当然だと自分に言い聞かせる。家族が帰ってくるんだ、嬉しいに決まってるじゃないか。
でも、その続きは聞きたくない。だってそうなったら、ナオキさんが次にどうするかなんてもう分かりきっている。
「だから、しばらくこうやってトモヤのとこにお邪魔しにくることはなくなるよ。ごめんね、ここのところけっこう頻繁に来て迷惑かけちゃってたから」

迷惑なんて。ナオキさんらしい言い方だと思いました。大事な奥さんに負担をかけたくないから、こんな関係を終わらせたいとはっきり言えばいいのに。この人は全方位に優しい。辛さと寂しさを埋めるためだけの、うたかたの、ゆきずりの関係でしかない僕に対しても分け隔てなく、優しい。そしてそんなナオキさんを困らせてはいけない、と僕は瞬時に最適な返事を計算して、「そうなんだ、良かったね。僕もそろそろ就活で忙しくなりそうで、会う時間作るのが難しくなりそうだったんだよね」と言いました。

そう口にした途端に、ものすごい疲労感と、強烈な吐き気に襲われた僕は、「退院の準備とか忙しいんじゃない?体にうちの匂いがついてちゃダメでしょ、きちんとお迎えしてあげなきゃ」と、やはりなんでもないふうを装って言ったけど、もしかすると少しトゲのある響きになったのかもしれません。実際のところ、もうこれ以上なんでもないフリをするのに疲れた僕は、早くナオキさんに帰ってもらいたかったのです。これ以上一緒にいたら、言わないと決めた言葉を言ってしまいそうで。

ナオキさんは僕の顔を見ないで、そうだね、と呟いて立ち上がりました。いつも通り「ありがとうね」と言って、僕の部屋を出ていくナオキさんが、いつもと違って急に振り返り、手を差し出してきました。僕はもう手を握り返すのもおっくうになっていて、ぼんやりとその手を眺めていたら、ナオキさんの方から僕の手を引っ張り上げて、ぎゅっと強く握ってきました。ありがとうね、ともう一度言って、ナオキさんは部屋を出ていきました。


あなたのやさしさを、僕は何にB

  • by Tommy at 4月26日(土)22時10分
  • Number:0426221058 Length:1170 bytes

それからもときどきナオキさんと僕は、ワンルームのアパートで肌を重ねました。ナオキさんが僕の部屋に来るのは、奥さんとの間に何かとても辛いことがあったときだったんだと思います。いつでも表向きは飄々とした感じでしたが、ふと浮かべる表情や、まとっている空気には果てしない悲しみや疲労感、時には怒りや投げやりな感情が感じられました。

僕はベッドに腰掛け、ナオキさんは壁を背にしてクッションに座り、今では何を話したかも覚えていないような話をたくさんしました。そして、ふと会話が途切れたタイミングで、ナオキさんは僕の隣に座って、初めてのときのように僕の頬にキスをして、それを合図にして僕たちはお互いを求めあいました。疲れて裸で抱き合っていると、ナオキさんが「家に帰っても、トモヤの部屋の匂いが体からするからなんか安心するんだよね」と呟いて、僕はなんだかくすぐったいような気持ちになりました。

既婚者であるナオキさんとこんなことをしていてはいけなんじゃないかと頭の片隅では思いながら、辛そうなナオキさんが僕を求めている、ということを言い訳にして、僕はつかの間の甘い関係をむさぼっていました。実際ナオキさんも僕の部屋を出ていくときには、入ってきたときよりもいくらか元気になっていて、いつも「ありがとうね」と言って帰っていくので、僕はなんだか良いことをしているような気になっていたものです。


あなたのやさしさを、僕は何にA

  • by Tommy at 4月26日(土)22時08分
  • Number:0426220834 Length:1865 bytes

それから何回か、ナオキさんが連絡をくれたタイミングで僕たちは会って、同じように話をしました。話すたびに僕はナオキさんの眼差しや表情に惹き込まれていって、そしてナオキさんも僕に少しずつ心許していくような感覚がありました。

ある日、少しお酒の入ったナオキさんと自分のアパートで会ったとき、「トモヤともっと近づきたいけど、今さらどうしたらいいか分からないよ」と苦笑混じりに言われました。僕よりもずっと大人なのに、この人は何を悩んでいるんだろうと、僕は思わず笑ってしまいました。だって、こんな始まりの僕たちの関係に、何の遠慮が要るというのでしょう。

キスのひとつでもくれたらすぐにでも次のステップに進めるのに。そう伝えたら、苦笑いしたナオキさんは僕の頬にゆっくりと口づけて、「これでいいの?」と笑ったような困ったような顔で訊ねてくるのです。僕はもうたまらなくなって、ナオキさんに縋るように抱きつきました。

ナオキさんはその後、たくさんのキスを僕に降らしてくれました。頬に、額に、唇に、胸に。
僕は堪えきれずに思わず声を上げてしまいました。ナオキさんは微笑みながら、僕が気持ちいいポイントを的確に探り当て、撫で、さすり、口づけて僕を攻め立ててきました。
ナオキさんが僕の背中を撫でるたびに、今までに出したことのないような声が自分から漏れてきました。ナオキさんの指が僕のお腹を這うたびに、僕の身体はまるで別の生き物みたいにぴくぴくと震え、アソコの先端はぬるぬるになってしまいました。

たまらなくなってナオキさんのものを触ると、僕のと同じようにぎちぎちに張りつめて、熱く、そして濡れていました。ナオキさんも興奮してる…と思ったとき、ナオキさんが自分のものを僕の手に擦り付けながら「トモヤ…」と耳元で僕の名前を切なげに囁きました。
それを聞いた瞬間に、僕の背中をぞくぞくと何かが駆け上がってきました。あっという声が漏れたその刹那、頭が真っ白になるような快感と一緒に、僕は射精してしまっていました。

恥ずかしさが我慢できなくなって、僕は両腕で顔を覆って目を閉じていました。その腕をそっと解いてきたナオキさんと目が合うと、ふわっと微笑んで「可愛い」と言いながらおでこにキスしてくれました。


あなたのやさしさを、僕は何に@

  • by Tommy at 4月26日(土)22時05分
  • Number:0426220556 Length:1695 bytes

ナオキさんと出会ったのはゲイ向けの出会いアプリがきっかけでした。前から、堂々と既婚者だと言いながら会おうとしてくる人が多くて、この人達はいったい何を考えているんだろうと思っていたのですが、ナオキさんも最初はそんな人達のうちの一人だと思っていました。

でも何度かやりとりをしてみても、ガツガツした感じがなくて、少し寂しそうで、なぜか気になってしまって、僕はナオキさんと会ってみることにしました。冬の始まりの時期、駅前のマクドナルドで待ち合わせて、僕が先に着いて待っていると、「トモヤくん?」とナオキさんが話しかけてきました。

ナオキさんは紺色のダッフルコートに桜色のマフラーを巻いていて、僕の想像する既婚者ではなく、同年代の学生みたいでした(実際にナオキさんはまだ大学に籍があって、お金をもらいながら研究をしていました)。僕はそのギャップになんだか少しおかしくなって笑ってしまったのですが、それを見てナオキさんもほっとしたように微笑んで、その笑顔が大人のような子どものような不思議な雰囲気をたたえていて、ぼくはその瞬間からナオキさんから目が離せなくなりました。

マクドナルドの2階で、精神的に不安定な奥さんのこと、彼女がナオキさん以外の誰かを求めて、その人と関係を持っていること、それでも彼女を見捨てることはできないことを根掘り葉掘り聞き出しました。深刻な話のはずなのにナオキさんの話し方はどこか飄々としていて、まるで遠い昔の話をしているみたいでした。

でもそれはまぎれもなく現在進行形の話で、ときおりナオキさんの顔に射す陰が、かすかに眉間に寄るしわや、遠くの方を見やる目線が、その苦悩の深さをうかがわせていました。ひと通り話し終えたナオキさんはふっと息を吐いて「ありがとう、聞いてもらって楽になったよ」と微笑みながら僕の方に顔を向けました。目が合った瞬間に、その奥にある深い悲しみや、今こうして奥さんを裏切って僕と話している苦しみが透けて見えて、その複雑な表情から目が離せなくなってしまいました。